二十世紀梨のお酒にかけた思い
梨の酒

そうだ!ワインをつくってみよう。

昭和39年、大学卒業と同時に故郷に帰らざるを得なかった三代目(現・代表取締役社長 柴﨑)は祖父の残した醤油・食酢製造業を当然のこととして中継ぎ役の叔父からバトンタッチし家業を継いだ。

昭和40年代から昭和50年代の半ばまで懸命に家業に取り組んだが、時代は大量生産・大量消費の流れが一気に加速し、地方の調味料メーカーは、年々、存続そのものが問われるようになってきた。

“まちづくり”“地方の時代”という言葉が行き交うはしりの頃、北海道・池田町で幻のワインと言われた「十勝ワイン」が誕生する。池田町全体が丸谷町長の大変な指導の下“まちづくり”のモデル的存在として注目されるようになった。

昭和50年に入って、昭和47年に出版された「ワイン町長奮戦記」に出会い一読に身体が震えるほどの感動を覚えた。

何回も何回も読み返し、是非一度訪ねてみたいと思い立ち池田町を訪問した。

当時の管理室長さんが懇切丁寧に“まちづくり”のこと、ワインの技術的なこと、朝9時から夕方の飛行機の時間まで、一面識の者に工場やレストラン、バーベキュー広場…と案内、説明して下さった。

「町役場の素人集団がワインコンクールで入賞する。」それまでの行政では考えられない驚きの連続が、この池田町にはあった。

『足元にそっと眠っている素材を見つけ磨き続け一流の商品に育て上げる。』

まさに人生観を変えられた一日となった。『自分の足元をじっと見てみる』と、『必ず何かあるはず』と教えられ、以後、但馬・山陰にある資源・素材を見直すきっかけとなった。

そういう見方をすれば、あるではないか、蟹あり、梨あり、牛ありと見えてくるようになってきた。

「そうだ!梨を使ってワインをつくってみよう。」

試行錯誤

梨のワインをつくろうと思い立ったもののワインのつくり方はもとよりアルコールのはかり方も知らなかった。

それでも何とかしたいという必死の思いだけがあった。

その思いがよびよせたのか、東京農大の山田正一先生とのご縁に恵まれ、東京農大や日本醸造協会の協力をいただくことができ、昭和55年8月20日試験醸造免許を取得。

何度も試作を繰り返し昭和60年12月日正式に製造免許を得ることが出来た。

梨のワインが完成

昭和60年の初めての寒仕込みから年々技術の蓄積を重ねてきた。近年は設備を充実し、やっと醸造試験場(広島にある)での鑑評会でもかなりの評価をいただくようになった。

平成20年にはそのワインをベースに念願であったガス入り「スパークリングワイン」を製造。平成22年度モンドセレクションにおいて「銅賞」を受賞するところまでやっとこぎつけることができた。

もっともっと、夢は大きく!

洋梨は世界各地で作られているが、梨のような比較的歯ごたえのあるジューシーな水分の多い果物は珍しいと言われている。

そういう意味では、世界でも稀な、貴重なフルーツワイン(商品名:梨の酒)と言える。

山陰の風土が生んだ貴重な果実から、世界でもなかなかつくることの出来ない「梨の酒」として、より完成度の高い、世界に誇れるお酒となるよう、精進したいと思っている。

山陰の風土から生まれた梨ワイン「梨の酒」。二十世紀梨のフルーティでみずみずしい味わいを生かしたまろやかな口あたり。食前酒として、また但馬自慢の魚介類とも相性の良いワインです。

トキワ自社工場で「梨の酒」をまごころ込めて作っています。
梨の酒
柔らかくフルーティ「梨の酒 梨花一輪(ワイン)」

梨ワインには夢を追い求め、新しいものに チャレンジするトキワの原点、精神が受け継がれています。
山陰の風土から生まれた梨の酒はそのチャレンジする精神から生まれたワインです。収穫されたばかりの厳選した二十世紀梨を、一個一個傷やへこみなど をチェックして取り除きました。
果汁はできるだけ空気に触れないようにして、10度以下の低温で20日~25日かけて ゆっくりゆっくり発酵させます。 梨のシャキっとしたフルーティーな味わいが自慢の梨ワイン。
食前酒としてまた但馬自慢の魚介類とも相性の良い、体にも優しい二十世紀梨100%ワインです。

[容量]360ml/180ml(アルコール分8度)
[原材料]二十世紀梨、酸化防止剤(亜硫酸塩)
[保存方法]横にして、冷暗所にて保存してください。

梨の酒